【英語論文の書き方】第11回 受動態による効果的表現

2016年6月14日 15時53分


科学技術に関する論文や報告書の英語では正確、明瞭、簡潔に書くことが求められます。
そのための1つの方法として,受動態より能動態の英文を使用することが奨められています。

例えば次のような英文では、能動態を使用した方が,明瞭かつ簡潔な英文になります。

原文:その研究者はエラーを見つけるために解析方法を調べた。

受動態:The analysis method was examined by the researcher to detect errors. (11 words)
能動態:The researcher examined the analysis method to detect errors. (9 words)

このように能動態の英文は動作主が明確であり,また明瞭・簡潔な英文作成につながります。

しかしだからといって,「どんな時でも能動態を使用すべきだ」と言っている訳ではありません。
もしそうなら英語における受動態表現の意味がなくなってしまいます。

そこで今回は、受動態を使った方が効果的になる状況を考えてみたいと思います。

第8回でも受動態については触れましたが、また少し異なる切り口から取り上げていきます。

1. 受動態が有効な状況

受動態表現の方が能動態表現より有効な状況として,下記が考えられます。

(1) 動作主が不明あるいは動作主を表す必要がない場合
(2) 意図的に表示したくない場合
(3) 動作主を主語とすると文の流れに飛躍が生じる場合
(4) top-heavyな文を避ける場合
(5) 対象を強調したい場合

まず(1) 項ですが,動作主が不明であれば能動態の英文を作成することはできません。したがって英文は受動態で書くしかありません。
例えば次のような日本文を英訳する場合が考えられます。

日本文:最新の機械類が工場に設置された。
<訳例> The latest machinery was installed in the factory.  

この原文からは,誰が機械類を設置したのかについては不明です。
ここでは誰が設置したかが問題ではなく,設置されたこと自体が重要と考えられます。
このような場合にわざわざ動作主を探しだし,能動態に書き直す必要はありません。したがって動作主が不明あるいは動作主を表す必要がない場合は,受動態表現が使用されます。  

次に(2) 項ですが,たとえ分かってっていても動作主を表示したくない場合は受動態表現が好まれます。
例えば以下の日本文を英訳する場合が当てはまります。

日本文:不正なパスワードを入力しました。
<訳例1> You entered an incorrect password. (5 words)
<訳例2> An incorrect password was entered. (5 words)

<訳例1>は原文通りに能動態を基に構成した訳文であり,<訳例2>は受動態を基に表現した訳文です。
どちらも語数は5語で,簡潔さの点からは違いはありません。

しかし<訳例1>では「不正なパスワードを入力した」主体(You)が具体的に示されており,入力した人を非難しているかのような印象を与えます。
一方<訳例2>では動作主の記載はありませんから,このような印象はありません。このようにたとえ動作主が分かっていてもわざわざ表示したくない場合は,能動態表現より受動態表現の方が,より適した表現であることが分かります。

なお上記(1)および(2)項は本来自明である考えることができます。

一方 (3)から(5)項については,能動態表現より受動態表現の方が効果的と考えられる場合であることから,次に「受動態による効果的表現」として以下にまとめて紹介します。


 

2. 受動態による効果的表現

2.1 動作主を主語とすると文の流れに飛躍が生じる場合  

はじめに下記のような日本文を、<訳例1>および<訳例2>のように,能動態と受動態を基にした英訳例を考えます。

日本文:その会社は音声装置で制御する新しいコンピュータ入力装置を開発した。

<訳例1> The company has developed a new computer input device that voice commands control. (13 words)
<訳例2> The company has developed a new computer input device that is controlled by voice commands. (15 words)
<訳例3> The company has developed a new computer input device controlled by voice commands. (13 words)  

<訳例1>では関係代名詞thatの後に突然 ”voice commands” が現れていることから、文の流れが一時的に途切れた印象を与え、その結果,読みにくい英文となっていることが分かります。

一方<訳例2>では、語数が2語増加していますが、文の流れに途切れは見られません。このように受動態での表現を利用すれば、ある程度,語数は増えますが,自然な流れの英文を作成できる効果があることが分かります。  

なお、<訳例3>は、<訳例2>における ”that is”の2語を省略した英文で、結果的に<訳例1>の語数で,自然な流れの英文を作成することができました。


2.2 top-heavyな文を避ける場合  

次に下記のような日本文を考えます。

日本文:時速150km の速度試験を行い,安全性を確認した。
<訳例1> A speed test conducted at a speed of 150 km/h ensured safety. (12 words)
<訳例2> Safety was ensured by a speed test conducted at a speed of 150 km/h. (14 words)  

<訳例1>は能動態を基に構成した訳文で,主語の部分が ”A speed … 150 km/h” までの10語,述語の部分が ”ensured safety”の2語で構成されています。したがって,この英文はtop-heavyな英文と考えられ,安定した英文とは言えません。

一方<訳例2>は,受動態を基に構成した訳文で,主語の部分が ”Safety”の1語,述語の部分は ”was ensured …150 km/h.”の13語から構成されています。したがって<訳例2>では,受動態表現を用いることによりtop-heavyな英文構成の問題が解消され,安定な英文が得られています。

次に他の例として,以下の日本文の英訳を考えます。

日本文:本機は,より高い安全性レベルを追求する我々のチームが,総力をあげて開発したものである。
<訳例1> Our team who made a unified effort to pursue higher safety levels has developed this machine. (16 words)
<訳例2> This machine has been developed by our team who made a unified effort to pursue higher safety levels. (18 words)  

<訳例1>は能動態を基に構成した訳文で,主語の部分が ”Our team … safety levels” までの12語,述語の部分が ”has developed this machine”の4語で構成されています。したがって,この英文はtop-heavyな英文と考えられ,安定した英文ではありません。また文全体の流れから言ってもスムーズ英文では言えません。

一方<訳例2>は受動態を基に構成した訳文で,主語の部分が ”This machine” の2語,述語の部分は ”has been developed by … safety levels.” の16語から構成されており,top-heavyな英文構成の問題が解消され,安定かつ自然な流れの英文となっていることが分かります。

このように受動態での表現をうまく利用すれば、安定かつ自然な流れの英文を作成することができます。


2.3 対象を強調したい場合

最後に下記のような日本文を,<訳例1>および<訳例2>のように,能動態と受動態を基にした英訳例を考えます。

日本文:太陽からのエネルギーは電磁波によって真空中を伝播する。
<訳例1> Electromagnetic waves transmit the energy emitted from the sun through a vacuum. (12 words)
<訳例2> The energy emitted from the sun is transmitted through a vacuum by electromagnetic waves. (14 words)

<訳例1>は能動態を基に構成した訳文で,語数は12語となっています。一方,<訳例2>は受動態を基に構成した訳文で,その語数は14語となっています。したがって簡潔さの点からいえば<訳例1>の方が優れていると判断出来ます。

しかし<訳例2>では”The energy”が主語となって文頭から始まっており,その分energy が強調され,さらにその伝播手段が “electromagnetic waves”であることを明確に表示しています。

科学英語論文で強調したい対象がある場合には,このように意識して受動態を使用することも1つの有効な表現手法であるということができます。


 

3. まとめ

以下に、受動態表現を使用した方が特に効果的と思われる3つの状況をまとめました。

受動態表現の方が効果的な状況
(1) 動作主を主語とすると文の流れに飛躍が生じる場合
(2) top-heavyな文を避ける場合
(3) 対象を強調したい場合


 

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執筆者紹介 興野 登(きょうの のぼる)氏

興野 登氏三菱電機株式会社を経て現在ハイパーテック・ラボ代表
1971年,東北大学工学部電気工学科卒業
2005年,熊本大学大学院自然科学研究科卒業
博士(工学)

日本工業英語協会理事・副会長・専任講師
日本工業英語協会日本科学技術英語教育センター長
中央大学理工学部非常勤講師(科学技術英語,Academic Writing & Presentation)
東京工業大学大学院非常勤講師(Academic Writing)
東京電機大学大学院非常勤講師(Academic Writing & Presentation)
元英語翻訳学校講師(技術翻訳)
元音響学会,電子情報通信学会,AES (Audio Engineering Society) 会員

テクニカル英語の翻訳者として幅広く活躍。
30年以上に渡り電機メーカーにてスピーカーを中心とした音響技術の研究開発に従事。この間,多数の海外発表や海外特許出願を実施。 会社を早期に退職し,神奈川工科大学大学院、日本大学,神田外語大学,上智大学,中央大学、東海大学,東京工業大学等にて音響工学および技術英語の教鞭をとる。

テクニカル・ライティングは工業英語協会の中牧広光氏に師事し、企業や大学等での研修も多数受け持つ。
工業英検1級、実用英語技能検定1級(優秀賞)、通訳案内業ライセンス保持。
 

最近の実績



1. 2013/09/18 「科学英語論文スキル・セミナー― How to Brush Up Your Academic Writing Skills―」(名古屋大学)
2. 2013/10/02 「科学英語論文スキル・セミナー― How to Brush Up Your Academic Writing Skills―」(IEEE, GCCE2013, Tutorial)
3. 2013/12/25 「理工学学生を対象とした英語論文ライティング入門」(山口大学)
4. 2014/01/21 「科学技術英語ライティング」(名古屋大学)
5. 2014/05/21 「科学論文英語スキルセミナー」(名古屋大学)
6. 2014/10/08 “Concept of 3C’s in Academic Writing and Practical Academic Writing Skills for Students and Researchers in the Fields of Science and Technology”, IEEE, GCCE2014, Tutorial
7. 2014/12/02 「英語論文の書き方セミナー(基礎編)」(能率協会)
8. 2015/01/07 「科学論文英語ライティングセミナー」(北海道大学)
9. 2015/05/13 「理系学生向け英文ポスタープレゼンテーションセミナー」(名古屋大学)
10. 2015/06/08「科学英語を正確に書くための基本と実践講座(Ⅱ)」(北海道大学)
11. 2015/06/17「英語論文」の書き方セミナー(基礎編)」(能率協会)
12. 2015/07/08「英語論文」の書き方セミナー(応用編)」(能率協会)

その他:工業英語協会でのセミナーなど。

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興野先生は弊社でも論文専門の翻訳者としてご活躍されています。
これから『英語論文の書き方』シリーズとして、このような興野先生のコラムを毎月2本お届けいたします。
どうぞお楽しみに!

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